取材中に何度も「使命」という言葉がでてきた。そこから感じられるのは、周りから強いられた後ろ向きなものではなく、自ら飛び込んで期待を力に変える前向きさだ。自分の選んだ道を、まっすぐに進む。そんな当たり前のようで難しいことの大切さを、身をもって示してくれる大人と出会った。
洋食の道で三十年キャリアを積んできた坂本洋一さんが腕を振るうのは、おしゃれなレストランの派手なコース料理とは対極にある場所。そこは、言ってしまえば公共施設の食堂だ。長崎県庁や長崎市役所に併設されたお店を取り仕切っており、ランチタイムはまさに戦場のような忙しさ。しかし、そのクオリティは食堂のイメージをはるかに上回る。お昼の定番メニューであるハンバーグさえ、ソースや食感に質の高さが表れている。そんなお店を父から引き継ぐ以前から、坂本さんは「いつかはしなきゃな」という、漠然とした使命感を抱いていたそう。
料理の修行を始めたのは十八歳の頃。福岡のホテルで料理人としての技術や心構えをしっかりと学んだ。そして二十八歳の時に、当時市役所でお店を営んでいた父から「新店を出すから戻ってこないか」と声がかかり、新しい店舗を任されることとなった。これまで一流ホテルで腕を磨いてきた坂本さん。一方、定食は五百円台が当たり前。そんな慣れない庶民的な食堂スタイルに、最初の頃は戸惑うことも多かったそう。「名前にレストランってつけてるのは、若い頃のささやかな抵抗ですよね(笑)」。それから数えてはや二十年。お店に立ち続けて、気持ちも徐々に変化していったそう。
「そりゃ千五百円、二千円のコースをやったらどうかなって思うこともあります。でも今、県庁で一日約三百食、市役所で一日約五百食がほぼ毎日でています。それだけの人に、あてにしてもらう。そんなことって料理人としてなかなかないですし、大きなやりがいですよね」。毎日大勢の人の胃袋を満たしながら、しかし手を抜くことはなく料理人としての確かな技術を一皿に注ぎ込む。「二千円を超えるランチだって、ワンコイン定食だって、お客さんを喜ばせたいって気持ちは同じですよね。良い悪いじゃなく、僕は僕の道で頑張っていきたいだけです」。
来年一月。長崎県庁は移転となり、坂本さんのお店も新庁舎に移ることに。席数は約二百席。なんとこれまでの倍以上だ。「まわせるかなって今はすごく心配。でも景色もいいし、新しいメニューも考え中なんです」とワクワクした表情で話す坂本さん。「料理人としての表現って、ホテルのコースやフレンチのイメージが強いですよね。でもね、食堂の延長線上にもその可能性があると思うんです。それを追い求めるのも、使命ですよね」。簡易的なテーブルと椅子が並ぶ小さな食堂から、次はどんな広がりが生まれるのか。聞いているこちらも自然と期待感が膨らんでいた。
ル・シェフ坂本洋一さん
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・取材メモ
取材日…2018/12/26(火)
天候…くもり
取材時間…2時間
来店回数…3回目