それは周りからしたら、きっと単なる世間話にしかきこえないもの。でも、そんなふとした一言が心に残って、あとからじわっと心をあたためてくれることがある。「やっぱり、人ってつながりを求めてるんだよね」。ゆっくりと噛みしめるような善雄さんの一言が、なんだか教訓のように頭に残って、今でもそっと励ましてくれる。
浜の町アーケードの賑やかな人通りを見下ろすビルの2階、緩やかにカーブする階段を上った先に〈珈琲Yosio〉はある。オープンから三十三年。移転も改装もせず、同じ佇まいでアーケードとともに歩みを重ねてきた。
「昔はもっと賑わってたんだけどね」と笑いつつ、慣れた手つきで淹れたネルドリップのコーヒーを、目の前にそっとおいてくれたマスター・井上善雄さん。常連客に「はい、おはよー」なんて挨拶しながらコーヒーを淹れる動きは、無駄な力が入っておらず自然体そのもの。「コーヒーを淹れるのは、和菓子の餡子づくりみたいなもんだよ。だんだんと、一定のペースができてくるんだ」と和やかな微笑み。もちろんオープン当初から納得のできる味が安定していた訳ではなく、とにかく失敗しながら試行錯誤の繰り返し。それでも、思い出すのは楽しかったことだけだそう。
「本当に休みなく、がむしゃらにお店をしてたよ」なんて懐かしい思い出話もたまにこぼしながら、あくまで聞き役として、訪れた人を受け入れる善雄さん。決して大げさではないけれど、やさしくて、さりげないもてなしの心は、久しぶりに足を運んでも腰を落ち着けられる居心地の良い空間に表れている。コーヒーだけじゃなくて、その時間、その場所をトータルに楽しんでほしい。ずっと変わらない善雄さんの心遣いがあるからこそ。テーブルでくつろぐときも、カウンターで話すときも、あくまで自然体でいられるのだ。
長いようであっという間の三十三年。周囲には低価格を売りにしたお店も増えて、随分とコーヒーを飲むことが手軽になった。それでも相変わらずこの場所を求める人が後を絶たない理由。それは「コーヒーをきっかけに、人がつながれたらね」と語る善雄さん自身が、きちんと一人ひとりのお客さんを大切にし続けているからだと思う。コーヒーを飲み終えて席を立った後、帰り際に背中を押す「ありがとね」という言葉が、しばらく頭に残っていた。