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「地元はこの辺りだけど、大学は早稲田大学に通っていて。当時は景気も良かったし、就

きみはたぶん、器用な方で(その一)

 大学卒業後、地元の飲食店で一年ほどフリーターとしてアルバイトに励んでいた。どうしても新聞記者という仕事を諦めきれず、お金を貯めながら翌年の採用試験を目指していたのだ。最終面接という、山の九号目の景色まで見た自分自身への期待ともどかしさ、そして心の底に堆積した苛立ちを抱えていたのをよく覚えている。

 アルバイト先は、田舎にしては珍しいイタリアンバル。若者向けのメニューと(一見)手の込んだメニューでそこそこ繁盛していた。そこで週六日ホールをしながら、ときにはキッチンでパスタを作ったり、ビールや酎ハイを注いだり、アイドルタイムにはピザ生地をひたすら仕込んだ。面接で圧迫気味にかけられた「それで、きみは記者以外の部署に配属されたらどうするの」という言葉への腹立たしさを、まさかピザ生地作りに込めることになるとは。さぞや弾力感のあるピザとなっていただろう。全く笑えない。

 ある金曜日。忙しい仕事と片付けを終えて、その日はなんとなく、まっすぐ帰りたくなくなった。団体予約や常連をスムーズにさばき、売り上げも上々。そんな一日への高揚感もあったのかもしれない。そこで二、三ヶ月に一度ほど足を運ぶ、路地裏のバーに寄って帰ることにした。
 比較的新しく、センスを感じさせる大人のバーだった。地元の誰もが知る有名店で修行したマスターが、数年前に独立して立ち上げたとのこと。店内には、カウンターが十二席のみ。まるで洞窟内の財宝のように暗闇で輝くウィスキーが自慢だったが、酒には弱くこだわりもないので、いつも定番のエビスビールか、当たり障りのないジントニックを迷わず選んだ。

 基本的に、そのバーでお酒を飲むときは一人だ。そして常連と呼ばれるほど頻繁にも通っていないので、顔見知りの客もいない。今日も一杯だけ飲んで大人しく帰ろうと思っていたが、その日は偶然、二つ奥の席に座るサラリーマンと話が弾んだ。どんなきっかけかは全く覚えていない。おそらくタクシーの運転手と交わすような、他愛もない世間話だろう。ただその日は疲れていたからか、それとも酔っていたからか、自分がフリーターをしながら新聞記者を目指していることを漏らした。するとサラリーマンは、自分もかつてマスコミ業界を目指していたと語った。
 ここからは、そのサラリーマンから聞いた話を、なるべくそのまま思い返してみようと思う。

Editing Data

Time:2014.02 0:30〜2:00

Location:Iwakuni City, Yamaguchi Prefecture

 

 

服に袖を通した瞬間、こんなに胸を躍らせたのはいつぶりだろう。

sakaikun

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