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「地元はこの辺りだけど、大学は早稲田大学に通っていて。当時は景気も良かったし、就

葡萄畑松本兼喜さん

 「喫茶店の良さは、たった一日や一回じゃ分からない」。眉にしわを寄せて、考えに考えて、言葉を選びながら語ってくれたマスター。もちろん、堅苦しく一見の客を断っている訳ではない。このお店が積み重ねてきた歴史と、真似のできない独特の空気感。それを十分に五感で感じるには、相応の過程と、ちょっとした想いやりが必要で。大切なのは、人からの口コミで左右されるあいまいな判断基準ではなく、その場で体感しながら、自分のものさしで測ることなのかもしれない。
 控えめに主張する看板に、うろこ状に白い塗装が塗られた外壁。佇まいからワクワクさせてくれる純喫茶〈葡萄畑〉は、今年でオープンから四十二年になる。マスター・松本兼喜さんが妻の邦香さんと二人で営んできたお店。オープン当時はコーヒーブームも相まって追い風を感じていたが、時代が変わる中で、徐々にランチやデザートなどのサイドメニューを求められるように。それでも、コーヒーが主役の時代や文化に対する想いをもち続けてきた。「今はコンビニで気軽に安く飲めるけど、コーヒーって、もっと開かれたものというか。お店の人と顔を合わせて注文して、周りの客の過ごし方なんかも横目に見てさ。たまに、お手本になるようなかっこいい客がいたりして。そこに、なんだかドラマがあるんだよね」。

 そんな情熱をもった松本さんだが、最初にコーヒーを始めたのは「早く自分の力で食べていくため」だそう。脇目も振らずに目の前の仕事と向き合う中で、周囲の大人から様々なことを教わり、意識せずとも松本さん自身のセンスが磨かれていった。〈葡萄畑〉をつくる際は、照明の位置から壁の塗り方まで自ら指定。創業当時からまさに完成形だった美しい内装は、上品かつどこか優雅な雰囲気を今も残している。
 といっても、独特の空気感を作り出しているのは、何も内装だけではない。「コーヒーはもちろんですけど、私自身の振る舞い方とか、来てくださるお客さんの存在があって初めて、この空気感が生み出されるんですよ。それは全然意図的じゃなく、なんだかじわーっと魅力が伝わるような、やさしいものです」。そのために必要なのは、派手な装飾や豪華なメニューではなく。あくまでおいしいコーヒーを軸にした、カウンター越しのコミュニケーション。何気ない挨拶や言葉、ちょっとした気遣いが、心地よい流れを生み出す。そこに訪れた人はロマンを感じ、またこのお店に訪れることを、そっと心の中で決めるのだ。

Editing Data

・基本情報
島原市加美町1017
0957-64-2124
14:30~23:00
第1、3水曜休
25席
P5台
禁煙

 

・取材メモ
取材日…2018/11/31(木)
天候…晴れ
取材時間…1時間30分
来店回数…1回目

振り返っても、当時の自分に示唆の多い話だと感じる。そしてそのサラリーマンの男性は

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